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2011年9月23日 (金)

【南三陸ボランティア/2011年9月】2日目~3日目-戸倉神社エリア

[9月10日(土):2日目]

前月の時とは違って、継続の人は前日に用紙に名前を書いておき、朝には自分がどこへ行くのかわかるので楽である。

とりあえず自分の名前のところに○印を付けて、行き先を確認してから装備(靴の重軽など)をととのえればよいし、集合がかかるまで日影で待機もできる。

この日の行き先は「波伝谷漁港」とある。漁港で何をするのかわからないが、地名には聞き覚えがある。ボラセン内の地図で確認すると、前月に自然の家から草刈りした近辺のようである。

行き先のプラカード(というか、A4の紙挟み)を持った各作業場所のリーダーが現れるからそこに集まって、とのことだが、、、ボラセンの前にはボランティアの人数も多いし、誰がどこの現場のリーダーだかわからないし。。。(ボランティアの人は黄色のビブスを着ているが、各現場のリーダーは社協のオレンジ色のビブスを着ている、、、と言っても、元々は各地から着た長期のボランティアの人だが)
ボラセンの受付スタッフ(わんちゃんやKさんなど)も各作業場所のリーダーが誰なのか把握できていないようだ。前日もしくは当日朝には決まってるはずなので、紙にちょこっと書いておけばいいのになあ。また各作業場所毎に大体どのあたりに集まるかも決めておけば、集合時の混乱が避けられそうなのになあ、と思いました。

まもなくリーダーがわかり、「メデューサみたいな人(笑)の所に集まって」とのこと。なるほど、Sさんは独特の風貌だ。(^^;
集められたボランティアは5名。それにスタッフ2名が加わり、テントの解体と移動して設置作業を行うとのこと。昨日と同様のテントなら得意だぞ。
一人が脚立などを乗せた軽トラックを運転し、残り3人はσ(^^)の車に同乗。そのうち2人は前日から一緒の兄弟である。

昼食の準備のない人もいたのでセブンイレブンで小休止。この周囲、前月時点ではガレキ等が散乱していたが、きれいに片付けられて土嚢袋に詰められて何十個も置かれている。片付け隊の仕事だな。これだけのエリアを片付けるのは相当の時間と人数をかけたのだろうなあ。

目的地の波伝谷漁港に着く。同乗してきた3人が荷物を持って降りる。。。そのあとからσ(^^)も荷物を持って、、、あれっ、σ(^^)のリュックが見当たらない。車内のどこにもない。ありゃ、やっちゃったかな。嫌な予感がする。。。
ボラセンにTELすると、、、見つかりました。直射日光で熱くなるのを避けてボラセンのテント内の日影に置いていたのですが、同乗者を乗せるので車を取りに走っていた時にすっかり置き忘れてしまったようです。(^^;;;
とりあえず、昼休みか夕方に取りに行くので預かってもらいます。

一方、作業場所では、、、テントの解体のみ(移動と設営はなし)となったので7人では多すぎなので、σ(^^)と兄弟2名の計3名はすぐ近くの「戸倉神社前」に移動し、そこで活動中の人たちに合流する。

すでに数十人規模の人たちが2ヶ所に別れて、ガレキ、土砂などの片付け作業中。我々3人は道路際エリアを任されます。この現場では安全短靴ではちょっと拙そうなので編み上げの安全靴に履き替えます。
側溝のフタなども流されて埋まっているのですが、それを掘り出して、側溝のフタのなくなった箇所へ運んでフタしたり。と書くと簡単そうですが、通常のフタと比べて大きく厚い。ということは重量もある。3人で容易に持ち上げられる代物ではありませんでした。なので立てて転がしたりずらしたりしながら運んでいきます。
続いて土砂。単に土砂だけなら何も考えずに、シャベルで掘ってネコ車(手押し一輪車)に載せて運べばいいのだが、土砂の中には瓦や石などのガレキやガラスの破片やいろんなゴミ(金属屑、木材、家電製品)なども埋まっています。時には大事な遺留品も埋まってたりするので慎重に掘り出して分類しながらやらなければなりません。体力だけでなく精神力も必要です。また体勢的に腰と膝にきます。(^^;
一緒に作業したHさん兄弟。兄はわりと大ざっぱな性格で、弟は細かい性格のようで、その違いが見ていて面白いです。ここの現場では細かい性格の弟さんの方が向いているようで、、、兄さんが大ざっぱに何かするたびに「そうじゃないでしょ」と怒る弟。(^^;

そうこうするうちに昼休み。リュックは忘れてきましたが自分の車で現場に来ているので、水も食料も着替えもタオルも全てあります。。。が、ここでバーナー出してお湯を沸かしてるのも相当目立つし、リュック内のパンの賞味期限もあるので、、、昼休み時間にボラセンにリュックを取りに戻ることにしました。(片道20分とすれば十分に往復可能です)
実際には勝手知ったる道なので15分もかからずにボラセンに着きました。途中のセブンイレブン近くの天王前エリアでは大人数のボランティアが活動中。黄色のビブスの集団は以外と目立ちますね。
ボラセンでは、σ(^^)のリュックにテープで忘れ物と表示されて保管されていました。ああ恥ずかしい。(^^;

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リュックの中のパンとおにぎり食べながら現場に戻ったので、昼休みも十分にとれました。やれやれ。(^^;

今回の作業場所である「波伝谷」という地名。波を伝える谷と書きます。なにやら津波を暗示させるような地名ですが、そういう伝承でも残っているのでしょうか。
地形的には、小さな岬が突き出ていて小高い丘になっています。戸倉神社もこの丘の上にあります。そして丘の後背地には低地が拡がっています。そんなわけで、岬の丘の両側から津波が押し寄せて渦巻いていたそうです。(神社に避難して難を逃れた人から聞いたとリーダーの人から聞きました。曰く、この世の終わりだと思ったそうです)

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ここに何人の人が逃げ込んだのかわかりませんが、その人たちを守った戸倉神社。石段は崩れ下の方にあった鳥居は倒壊していました。

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神社から見下ろしたところ。ここを津波が渦巻いていたそうな。
道路向こうの低地には水が溜まったままでガレキも手付かず。こういう場所もまだまだ多いです。

 

午後の作業も順調に進みましたが、なにぶん、広さもあるので人出が足りない感じでした。
継続で活動する人は、明日もここに来るでしょう。

ボラセンに戻って、活動報告と忘れ物のお礼。
それが終われば、シャワーと着替え。いつもはベイサイドアリーナ内のシャワー室を利用させていただくのですが、明日は合同慰霊祭があり、その準備関係で今日と明日はアリーナ施設利用を遠慮してくださいとの表示が出ています。なので、外に設置されたシャワーを使います。
先月上旬まではシャワーが並ぶだけでしたが、ボランティアの人たちで着替えスペースの囲いを作ったりして、今回は手前側が男性用、奥側が男女兼用(女性優先)と区別されるようになりました。とは言え、女性にはちょっと抵抗を感じる人もいるだろうなあ。

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ちなみに、栃木のSさんは長靴に穴があいたとのことで、登米市にホームセンターまで買い物に。ついでに風呂にも入ってくるそうな。そういうのを扱う店ができたら繁盛しそうだなあ。(今だけか(^^;)

 

[9月11日(日):3日目]

今日は3月11日の震災からちょうど6ヶ月。南三陸町のベイサイドアリーナでは合同慰霊祭も行われます。
(昨日、入口からちょっと会場を覗いてみましたが、厳かな雰囲気で近寄りがたいものがありました)

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朝早くから報道陣も集まってきています。朝一番にならアリーナのトイレを使えそうかと思っていたのですが、すでにカメラも出ているので今日は遠慮しておくことに。
ボランティアは、陰で暗躍するもの 裏方さんなので、うっかりTVカメラに映らないように気をつけようっと。σ(^^)の性格だとカメラ向けられるとピースサインとかやりかねない(爆)

さて、ボラセンのテントが開いたので、今日の行き先を確認。予想どおり昨日と同じ「戸倉神社前」である。
朝のビブスたたみは必要なくなったが、現場用クーラーボックスへの氷詰めはまだやっている。初日は遠慮し2日目はタイミングを逃していたが、今朝は手伝いに合流する。
先月は、これらをボランティア数人が自主的に手伝っていたのだが、今はそういう人があまりいないようでスタッフのみでやっている。残暑厳しい朝(今朝は曇ってて涼しかったけど)に冷たい氷に触れられて気持ちいいのに。(^^;

各行き先毎に集合。昨日一日見ているので大体の雰囲気はわかったので難なく「戸倉神社前」の集まりを見つけるが、相変わらず「○○はどこ?」と聞いて回る人が多く混乱している。もうちょっとやりようはあるかな。
さて、「戸倉神社前」の人数はかなり多い。団体さんも含めて、昨日の倍くらいいそうである。移動手段のない人も多く、σ(^^)の車には同じ会社からグループで来ているらしい3人を乗せることに。それでも車の台数が多くなりそうなので、バスも動員して人員輸送することに。
出発前に、片付け隊のリーダーから注意事項の説明など。各現場毎のリーダーではなく全体のリーダーのようだが、名札を付けてないし自己紹介もしなかったので名前がわからない。まずは最初にリーダーとして名乗った方がいいんじゃないかと思う。
初めてで場所がわからない人もいるのでスタッフが先導するとのこと。それでも車の台数が多いし、ローソン前から国道に出る信号あたりで混みそうだ。場所がわかる人はそのまま行ってもいいってことなので、一計を案じて逆に海岸方向へ出る。志津川の道路事情はだいたい頭に入っているので、津波の傷跡が大きく残る海岸エリアを通り抜けて国道へ先回り。現地へ着いたのは一番乗りでした。程なくして、他の人たちも到着。

大人数なので、ざっくり3つくらいのグループに分けてエリア分け。σ(^^)は道路側から見て一番左のエリアに。昨日までの作業で、家の土台の内側はきれいに片付いている。あとは手前と奥の庭の部分と積み上げられた土砂の分別。σ(^^)は土砂に分別にとりかかる。昨日の経験からやや小ぶりなスコップの方が便利なのでそれを手に作業開始。涼しい上に人数も多いので、順調に作業はすすんでいく。

庭を掘り返している人たちが写真のアルバムを見つける。ぱらぱらと見たところ、最初の方は真っ白に変色(脱色)してしまっているが半分以上は洗浄して復活しそうな感じかな。他のエリアでも、写真のアルバムとか年賀状を綴じたファイルが見つかりました。
これまで、写真洗浄班に割り振られたことはないのですが、こういう思い出の品が関係者の手元に戻ってくれればいいなあと思うと同時に、一見すると楽な作業に思える写真洗浄班もなかなか重いなあと思いました。

 

昼休み。
ベイサイドアリーナでの合同慰霊祭が終わったのでしょう。喪服の人が何人か、作業していた隣地へ現れて花や線香を供えています。この人たちの心情を推し量ることはできませんし、かける言葉も思い浮かびません。ただ見守るだけ。

あとで聞いた話では、志津川の街中で活動した人たちが昼に防災庁舎跡へ行って手を合わせてきたそうですが、その時にここで花や線香を供えるお年寄りの方がいて、その方を取り囲むように報道陣がいたそうです。ちょっと何だかなぁ、という気がします。

 

午後2時46分。
作業の手を止めて、全員で黙祷。

おそらく、日本中の各所で黙祷が捧げられたことでしょう。

 

大体、片付いてきたかな、と思った頃、片付けていた家の敷地脇の斜面に側溝を発見。もちろん土砂に埋まっています。一丁やるか、と数人で取りかかります。
小さな側溝ですが、斜面であり足場が悪い。掘って掘って、仕分けて仕分けてで一気に大汗をかきました。もちろん、腰と膝もがくがく。若くはありませんなあ。(^^;

道路際にも大きめの側溝があって土砂で埋まってますが、今日はここは手付かず。ここは人力よりもミニユンボなどの重機がほしい気がします。

時間になり今日の作業は終了。この戸倉地区はボラセンからも離れているので、15時半頃には終了するようになっています。終了後、それぞれ車でボラセンに戻っていくわけですが、最初に着いたσ(^^)の車は一番奥となり出るのは最後となります。

σ(^^)の車の同乗者は、同じ会社のグループ。話を聞くと、いわゆる企業ボランティアです。東京にある化学関係の企業だそうですが名前は聞きませんでした。無償で活動している人たちが多い中、給料をもらってホテル宿泊付きで来ていることで恐縮されていましたが、σ(^^)はそういうのはあまり気にしません。
σ(^^)自身も企業ボランティアの経験がありますし、大事なのは企業ボラかどうかではなく、その活動が被災者のためになっているかどうか、なので。
で、この人たち、スタッフが一人で軽トラックに資材を積み込んでいるのを見て「手伝いましょう」と。もちろんσ(^^)も一緒に手伝います。年齢層からみて管理職の人なのかな。視野が広いなと感心しました。(恥ずかしながらσ(^^)は疲れて早く戻ることしか頭になかったので(^^;;)

余談ながら、、、車内での会話でどこから来ているのかと聞かれたので、「埼玉の春日部」と答えたところ。。。最近の傾向では「クレヨンしんちゃん」と反応してくれることが多いのですが、今回は「太田裕美の…」という反応。そ、そこですかってくらいツウなところを突かれた感じですが、さすがにそういう年齢層なんでしょうね。
あとでそういう話をボラセンのテント内で話したところ、「太田裕美って誰だっけ?」というくらい。こちらも、そういう年齢層なんでしょうね。(笑)

 

合同慰霊祭も終わって、アリーナ内のシャワーも使えるようになりましたが、混んでいたので外の方へ。見覚えのある風呂道具(シャンプー、石けんなど)を見つけます。どうやら昨日ここに置き忘れたみたい。。。昨日はリュックも忘れたし、いろんなものを忘れてたようです。(^^;;;

夕食後、アリーナのロビーでTVを見ます。
NHKの7時のニュース。南三陸町のニュースが多く流れています。合同慰霊祭の様子とともに、気持ちの整理がつかないからと合同慰霊祭に行かずに仮設住宅に残っている人の話。(そういう気持ちの整理のつかない人をわざわざ取材するのってどうなんだろ)
ニュース報道で流れる映像。そして映像にはならない現状も見聞している我々。思いはちょっと複雑です。

アリーナが開いているのは夜9時まで。なでしこジャパンの試合を前半だけ見れました。

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コメント

こんにちは、震災から半年のボランティア活動ご苦労様です。でも読む限り6ヶ月も過ぎた作業とは思えないですね。合同慰霊祭、喪服の人たち、防災庁舎跡の様子が目に浮かぶようです。仮設住宅に残っている人の話だけでなく、被災を免れ家も車も家族も無事だった人たちの半年の生活にももっと目を向けて欲しかったです。

セブンイレブンの周囲がきれいに片付けられているとは驚きです。頑張りましたねぇ。土嚢袋も相当な数でしょう。リュックに風呂道具の置き忘れですか。どこに注意が行ってしまったのでしょう。意外に緊張してたのかな。なんでかな?(^◇^)

側溝のフタ、運びましたか。私も釜石でやりました。100kg以上はあるでしょうね。瓦礫の中から鉄パイプなど探してきてその上をロープで引きながらゴロゴロ転がして運んだです。あの時は暑かった。(+o+;

企業ボランティアという言葉は懐かしいです。長野オリンピックの時、ボランティア不足を補う為、一部スポンサー企業から人を出してもらいました。当時私はボランティアを使う立場だった。懐かしい話です。

投稿: 千葉のA | 2011年9月25日 (日) 06時12分

>千葉のAさん

ボランティアの募集が縮小化されてきた地域も多いのですが、本当に必要なくなってきているのか半信半疑です。少なくてもこの南三陸町ではまだまだ手付かずの場所も多く見受けられます。千葉のAさんが行かれた岩手県でもそういう箇所は多いのかと。
だんだん被災地以外の人からは、震災が過去のものになりつつあることが心配です。

投稿: たなかつ | 2011年9月26日 (月) 21時11分

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