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2011年8月26日 (金)

【南三陸ボランティア/2011年8月】2日目~3日目-津龍院

[8月6日(土):2日目]

道の駅で朝を迎え、昨日の朝と同様に南三陸のボランティアセンターをめざす。

途中、JR気仙沼線の陸前戸倉駅と志津川駅のあった場所に寄ってみる。が、いくら眺めても溜息しか出てこない状況である。

志津川の街中に被災した変電所を見つけるが、その向かいにセブンイレブンがオープンしていた。ボランティアセンターの徒歩圏にもローソンが仮設営業していたが、復興の第一歩という感じなので嬉しい。で、セブンイレブンに入ってみると、まさに今朝がオープンの日だった。そんなわけで、おにぎり30円引きに釣られておにぎりをゲット。でも昼食用に持ってきたパンがまだ手付かずだったりする。(^^;

そんなこんなで、ボランティアセンターの周辺へ。まだテントは開いていない。
昨日、歌津中で一緒に活動したAさんと会ったので話をする。テントサイトの夜は結構盛り上がっていたらしい。まる一日ガレキ撤去の活動をしたあとにアリーナ内のジムでクールダウンと称して鍛えていた青年の話とか聞く。ツワモノが多いなあ。

8時頃にテントが開き。前日から継続のボランティアは名前など一行書くだけなので受付はあっという間。本来の受付時間は8時半~9時なのだが集まった人たちで自主的に準備を手伝う人も。σ(^^)もそこに入って手伝う。
洗濯されたビブスを大小サイズ毎にたたんだり、それぞれの活動場所へ持って行くらしいクーラーボックスに氷を詰め込んだりなど。
いつだったか、ボラセンの人が「8時半からなのでまだ待機しててください」などと言っていたが、そこでやってる人たちは聞く耳もたないかのように黙々とビブスをたたみ続け…そのうち「じゃあヤル気のある人は氷運んでください」と。。。それでいいんです。ただ待つよりも何かしら手伝いたいってとこなので。

そうこうしているうちに、今日の活動内容の割り振りが始まる。
昨日行った歌津中へは、Aさんの他に新規の人が2名。昨日もそうだが、新規の人はとりあえず軽作業の所へ割り振られることが多い(たまたまかな)感じ。Aさんは今日で3日連続の歌津中。(結局最後まで歌津中担当(と言うかリーダー扱いかな)だったよう)

活動内容を割り振るボラセンの人は「わんちゃん」と呼ばれていた。「ん?」って感じだが、名前が「犬■さん」らしい。なので「わんちゃん」なのか。(^^;
で、ボラセンのテント内で待機しているのだが、なかなか名前が呼ばれない。名前を書いた受付用紙をチラ見すると、σ(^^)の名前の横に活動場所が書かれてそれが消されている。どうやらちょっとテントから離れたタイミングで呼ばれていたようだ。ここが難しいところで、呼ばれる声の聞こえる所にいないと仕事がもらえなくなりかねない。
しばらくして、わんちゃんから再び名前が呼ばれ集められたのが約10名。津龍院というお寺へ行ってほしいとのこと。道が狭くわかりにくいとのことで何台かにまとめて乗って行ってほしいとのこと。σ(^^)の車には3人くらい乗れると手を挙げたが、7人乗れるという人がいたのでその人の車ともう1台の2台で行くことに。
役場の人(と思われる人)が「口頭」で道順の説明をしてくれるのだが、さすがにわかりづらい。σ(^^)ともう一人が「簡単でいいので地図はないか」と聞いたところ、プレハブの事務所で手書きで書いてくれる模様。それも手際がよくなさそうなので、震災前の住宅地図とかないかと聞いてみたところ、ありました。その地図を見ながら道順説明を聞きます。
一回でも地図を見ておけば大体たどり着けるってのは、ある意味、特技と言えるかもしれません。説明を受けたσ(^^)ともう一人が2台の車の助手席に乗り込んで道案内。ちゃんと迷わずに到着しました。

場所は歌津地区の館浜。海岸沿いの県道は被害が大きいようで、内陸側の細い道で行きました。坂道を登って山の中という感じ。途中に仮設住宅も並び、こういう場所だと車がないと生活が不便だろうなあと思いつつ。。。坂道を下っていくとまだ山の中という感じが続くのにガレキが散乱している景色となり目的地へ。
津龍院は曹洞宗のお寺で、この館浜では海からもっとも奥のちょっと高い位置にありました。指さされて見ると山の間に防波堤が見えます。海まで300mくらいでしょうか。海岸近くという感はありませんでした。

お昼休みに海まで歩いてみました。
普段はおだやかできれいな海です。

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ですが、そぐ近くを見ると防波堤が破壊されていて、陸のほうへ振り返ると家並みがなくなり基礎の残骸しか残っていません。ガレキはだいぶ片付けられていますが、まだまだ散らばっています。
(いちばん奥に見える赤っぽい屋根が津龍院です)

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お寺の境内は片付いていますが、ここへも津波が押し寄せ、山門、鐘楼、本堂を押し流し、庫裡だった建物だけ残ったそうですが、高い天井近くまで水没したそうな。当時の写真も見せていただきましたが絶望するしかないような状況。よくぞここまで片付けたものです。庫裡の側面も一部壊れた所は修理されて仮本堂となっていますが言われなければ気付かないくらいで宮大工(なのかな)さすがだなあ、と思います。
(崩れた本堂の中からご本尊が見つかって、仮本堂に移されていました)

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外壁の端にテープで印が付けられています。そこまで津波が来たそう、、、3m近い高さがあります。奥の一段高い位置にある住居の窓の横にもテープで印が。近づくとσ(^^)の目の高さでした。。。ちょっと想像しがたいものがあります。

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この地区では、これまでの津波の時にはお寺まではこなかったそうなので地震後にお寺にみんな避難してきたそうです。が、津波の第1波を見て、ここでは危ないと判断して山へ逃げたそうです。おかげで死者も行方不明者もいなかったそうです。ただ、家はほとんどが流されてしまったとのこと。

 

そんな場所での活動内容は、泥水に浸かってしまった掛け軸や仏具や書籍の清掃。
住職は挨拶したあと法事などをしていますが、長男と次男が仮設の倉庫からどんどん運び出し、庭先で清掃します。
掛け軸は桐箱に入っていてさらに紙箱に入っているものも。そのうち紙箱は汚れと損傷がひどいものは破棄。桐箱はピッタリ蓋が閉まっているものは中側に水が入った形跡がないものが多く、よくできたものだと感心します。が、蓋に隙間があるものは中まで泥水が浸入しています。それを刷毛やブラシやタオルなどで清掃していきます。掛け軸本体も水に浸かって損傷したりカビが生えてきたりしているものも。こういうのは専門業者に修理に出すとのことで別に分けておきます。
(中身を確認するために掛け軸を広げてみると、なにやら有り難そうな絵や字が。素人には価値はわかりませんが、なんとなく御利益ありそうな気持ちになります)
なかなか地味な作業ですが、黙々と、、、ではなく、和気藹々という感じ。二人組、三人組もいますが、ほぼみんな初対面なのに結構賑やかなメンツです。こういうのはいいですねぇ。
7人乗りの車の人(名前失念)は埼玉出身だったかな。東松島市で活動していて1日だけ南三陸町まで来たそう。同行していたのは、関西以西からだったと思うがJRの18切符で普通電車を乗り継いで来て東松島市で活動していたというなかなかのツワモノ。そこで知り合ったボランティア仲間に同乗して1日だけ南三陸へ来たそうな。ほかにも親子でボランティア活動している人など。いろいろいますね。

山積みにされた掛け軸も10人がかりだとどんどん作業が進んでいきます。人海戦術あなどれません。続いてお経関連の書籍などの清掃。これも中身重視で、表紙カバーや紙の外箱などで損傷が酷いものは破棄。ピッタリ閉じた本文の方にはきれいな状態のものも多いですが表紙、裏表紙あたりには泥が入っているので刷毛やブラシやタオルそしてウエットティッシュなどで清掃します。また濡れたことでページ同士が貼りついてしまったものが多く、1枚ずつ丁寧に剥がしていきます。
これまた地味な作業です。午前中はまだよかったものの午後になって日差しが強くなってきました。庭先での作業なので腕と首がどんどん日焼けしました。ううむ、日焼け止めをもってくるんだったなあ。せめて長袖だったか。(この日は軽作業なので油断してました)

8月から飲用できるようになった水道は冷たく、それで冷やしたペットボトルの水やお茶を用意してくれていたので助かりました。(もちろん自分の水筒もありますが冷たさが違うので)

3時過ぎに作業を一段落させます。
大きなスイカが用意されていていただきますが、隣の住居で子供たちが遊んでいたのを見て誰かがスイカ割りしようと。子供たちは大喜びでした。結局割れずに包丁で切ったのですが、これは美味しかったなあ。

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今日の作業は思った以上の進捗だったらしく喜ばれました。翌日もボランティアセンターに依頼しているので同じメンバーで来てほしいなあ、と。さてどうなることでしょう。

ボラセンに戻って活動報告を記入して、本日の活動終了です。

 

さて、今日も道の駅での車中泊を考えています。車のガソリンはまだ半分ちょっと残っています。今日は車は使いませんでしたが、活動場所への移動でもそれなりの距離を走りそうで、帰宅まで十分とは言えません。風呂探しをかねて隣の登米市まで給油しに行くことにしました。ナビをセットして出発。

登米市。南三陸町の隣町なのですが、、、家々が並び、お店が営業し、街明かりがあり、信号があります。。。当たり前の風景なのですが、南三陸町の被災地とは状況が全然違います。登米市も震度7を記録した被災地ですが、津波が来る来ないの差はものすごく大きいなあと感じます。

1時間弱ほど走って、「長沼温泉ヴィーナスの湯」へ。内湯のみの日帰り温泉ですが、長沼を見下ろす展望の良い浴室です。夕方以降は400円と安くなるので賑わっていました。

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街中で給油し、ふと吉野家を見つけて条件反射的に入って牛丼で夕食。(^^;
3度目となる道の駅で仮眠。ただ前夜のような睡眠不足ではなかったので、背中面の凹凸が気になってあまり眠れませんでした。(^^;

こうして2日目が終わる。

 

 

[8月7日(日):3日目]

やはり早朝に道の駅を出発し、志津川の街へ。壊滅した街並みを通るのは3日連続5回目となる。慣れとは怖いもので、この惨状にも目が慣れてきてしまった気がする。
いやいや、この状況を忘れてはならない。

ベイサイドアリーナの駐車場でボラセンが開くのを待ちながら、活動準備したり車内を片付けたり。
このときに隣に停まっている車が気になる。両側の後部座席ドア全体を網戸で覆っている。これなら夏場でも窓を開けられるなあ。栃木から来ているSさんでホームセンターで買ってきた網戸用の網を巻き付けてガムテープで留めているそうな。カーショップで専用の網戸を買うといい値段するが、これなら1000円もしない。なるほどこれは良さそうな作戦だな。覚えておこうっと。また反対隣の車の人は自転車を持ってきていた。駐車場とテントサイトとその周辺の小移動に便利そう。いろいろと工夫している人が多くて面白い。
数日間ボランティア活動する人たちは、土日で帰る人や土日から来る人が多いのだろうなあ。テントサイトにも少しスペースが見られる。そろそろテント泊に切り替えたいところである。

さて、ボラセンの受付が始まり、継続の用紙に記入。この日は備考欄に「3名まで同乗可」と記入。昨日の状況から相乗りで活動場所まで行く需要は多そうだ。

しばらくして、予想通り「昨日、津龍院で活動された人は」と声がかかる。昨日で帰った人や他へ移った人もいたが昨日のメンバーが4人ほど集まる。それに今日からの人が4人ほど合わさって合計8人ほどで津龍院へ行くことに。車はσ(^^)のともう1台。昨日の経験から作業内容の説明をして、重装備の人も軽装備に切り替えて出発。
一度通った道はそうそう忘れないので迷わず到着。「今日も来ました」とご挨拶。

昨日に引き続き、書籍の清掃から。昨日はお経や仏教関連の書籍が多かったのですが、今日は百科事典や図鑑などの一般書籍も多かったです。
今日のメンバーは比較的、黙々と作業する人たちが多かったのですが、先方がラジオを用意してくれたので高校野球を聞きながらの作業に。第3試合の岩手:花巻東と東京:帝京の試合は盛り上がりました。メンバーの出身地はわかりませんが、被災地東北地方の花巻東が強豪校の帝京相手にしぶとく3度追いつく展開。そのたびの「おぉっ!」と言う声がわきあがりました。
書籍が終わると、次は仏具関係。これも泥水をかぶっていますが丁寧に清掃していきます。大きいものは二人がかりで運んだり清掃したり。
午後に入ると、日差しが昨日以上に厳しくなります。今日も日焼け対策忘れちゃったなあ。昨日と座る向きを逆にして首の後ろが日焼けしないようにします。今日もスイカを冷やしておいてくれたので、休憩時間にいただきます。美味しい。

3時頃から入道雲が立ち上り、遠くで雷の音も聞こえます。石巻あたりで雷雨との情報もあって、作業のペースアップとともに片付けも。
この2日間の活動でこちらの清掃関係はほぼ完了できました。(^^)

住職が「必ず復興しますから、その時また遊びに来てください」と力強く話してくれたのが印象的でした。

 

活動を終えてボラセンに戻り、テントサイトにスペースがあるのを確認してテントサイトの申し込み。
申請時に渡される注意書きはテントサイトにも掲示されています。炭火・たき火・BBQセット・発電機の持ち込み厳禁など、キャンプ場ではないし周囲には住宅もある環境なので常識範囲です。
テントはレンタルもあるようですが、当然持ち込みのテント。久しぶりのソロテントを設営です。なぜか引き綱が1本足りなかったけれど、別に持ってきていたヒモで代用。食事は駐車場での予定なので、テント内には寝る道具のみ置くことにしました。

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(写真)(写真)

テント設営していたら、「あれ、何してるの」との声が。見れば、歌津中での活動から戻ってきたAさん。すぐそばにテント張っていたようです(笑)。

駐車場に戻り、簡単ながらも夕食。テントを張ったので車移動の可能性がなくなったので今夜からコンビニで買った缶チューハイも呑めます。(^^)
食事を終えて片付けしていると、他のグループから「うどんを大量に茹でたのでよかったら来ませんか」と声をかけていただく。せっかくなので参加。でも久々に呑んだお酒が回ってか睡魔におそわれて早めに離脱することに。

テントに戻ると、隣テントでは何人か集まって食事モード。眠かったので簡単に挨拶してテントに潜り込む。
しばらくしてテントの外から「いるの?寝てる場合じゃないよ~」とAさんの声。(笑)
少し酔いもさめたところだったので、缶チューハイ持って外へ出て合流。
全国各地からいろんな人が集まっています。名前も連絡先も知らない(覚えていない)人たちが多いのですが、こういうボランティア仲間との語らいで楽しい夜でした。
後日、Aさんからもらった写真。いちばん奥でヘッドランプのがσ(^^)です。

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食事宴会タイムは夜10時までの自主規制なので、そこで解散。

夜空を見上げると、雲の切れ間から満点の星空☆ミ
はくちょう座や夏の大三角形が見えます。天の川も見えます。(^o^)

σ(^^)の視力でこれだけの星が見えたのはいつ以来でしょう。
(それだけ街明かりが少ないってことなのですが…)

こうして3日目が終わりました。

                              (つづく)

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