« 【南三陸ボランティア/2011年8月】いざ出発 | トップページ | 【南三陸ボランティア/2011年8月】2日目~3日目-津龍院 »

2011年8月22日 (月)

【南三陸ボランティア/2011年8月】1日目-歌津中学校

[8月5日(金):1日目]

8時頃にボランティアセンターのテントが開く。

新規ボランティア受付のところへ行き、用紙に住所、氏名、連絡先など必要事項を記入する。ボランティア保険の加入の有無を聞かれるが提示は求められなかった。いいのか?

そして、ボランティアの目印(なのか?)黄色のビブスを着用。胸に名前を書いたテープを貼って準備完了。

0101

この時点では、やはり表情が固い。

さて、以前に行った新潟中越沖地震の時の災害ボランティアでは、ボランティアセンターの人が「○○で□□する活動があります。△名です」と言い、希望者が手を挙げていくような割り振りスタイルだったが、こちらではちょっと違っていて、ボランティアセンターのから名前を呼ばれて何名か集められ、割り振られた活動内容を指示されるというスタイルだった。
このスタイルだと希望する活動内容を選べないが、名前を書いた紙にこういうのをやりたいと書いておけば考慮されるようだ。

元々、活動内容を選ぶつもりはなく、できる内容であればなんでもやるつもりで来ているのだが、夜間走行明けで一睡もしていないので今日だけはガレキ撤去などの重作業はキツイなぁと思いながら、壁に貼られていた南三陸町の地図を眺め、避難所や拠点箇所の位置関係を頭に入れつつ待っていた。

しばらくして名前を呼ばれ、「歌津中学校」で支援物資の仕分けと配給をやってほしい、とのこと。地図で場所を説明してくれるが先に確認しておいた場所でもあり話が早い。
3名割り振られたようだが、そのうち1名が見当たらずもう1名が探しに行ったり…、なので挨拶もできないまま単独で向かうことにする。いちおうカーナビもセットして出発。

ベイサイドアリーナから国道45号線へ出て志津川中心部とは反対の気仙沼方向へ。
山を越えると小さな漁村へ出るがここも津波で壊滅。JR気仙沼線の清水浜駅もやられているし、駅から川を渡る高架橋も流されている。
もうひと山超えると合併前の歌津町の中心、伊里前へ。ここも志津川同様に街が壊滅している。歌津大橋という海の上を通っていたバイパスが完全破壊で橋脚がいくつか残るだけ。平地はまあ仕方ないが、築堤上にある歌津駅も被災しているしやや高台にある小学校も被災しているようだ。どんな大津波だったのか想像しがたい。
その一段上にある中学校が避難所であり物資の集積・配給所になっている。ここが今回の活動場所だ。

自分以外の二人も先に到着している。カーナビのセットとかあれこれしているうちに出遅れたか。駐車場の空きがなかったが邪魔にならない場所に停めて、二人のあとを追って体育館へ。

自己紹介して役割分担を決めます。
メンバーは行政から派遣されてきた2名。彼らは徳島県からバスで来て何箇所かに分散し、前任者と交代しているらしい。ここへ来て2日目と言っていたがこの場所のリーダー役が彼らである。それから地元の社会福祉協議会の生活支援員の女性が3人。地元のこの人たちがいないと回らない。
そしてボランティアセンターから派遣されてきた我々3人。ここでようやくちゃんと挨拶することになる。一人は千葉県のAさんで前日に引き続き歌津中学での活動とのこと。もう一人は名前は忘れた(Tさんだったかな)がカナダ・バンクーバー在住の日本人男性。彼は後輩に会うために帰国して、1日の余裕ができたのでボランティアにやってきたという。なかなかのツワモノです。

ここでの活動内容は、物資を受け取りに来た被災者の方に、渡す物資を揃えたり、車に積み込んだりというのがメイン業務。σ(^^)の分担は、パンと牛乳の基本セットのうち人数分の牛乳を冷蔵庫から運び出す係。取りに来た方の世帯数と人数に応じて数を揃えます。
(一応、一人あたり2本としているので例えば9人分だと18本。24本セットで梱包されているので開封して6本抜けば18本。。。という単純な計算が瞬間的に行えなくなってて焦ります(^^;;;)
パンと牛乳の他、世帯数に応じた支援物資を揃え、被災者のリクエストに応じて物資を追加して引き渡します。この日はスイカもあって喜ばれていました。
だんだんライフラインも復旧し、仮設住宅もできてきたので支援物資を受け取りにくる人も少なくなっているそうで、それほど忙しいわけではありません。何より炎天下の作業でないのが助かります。

待っている間に、中学校の校長室にある大型金庫の移動をお願いされましたが、見た瞬間にこれは無理って感じで、実際にびくともしませんでした。これは専門業者でないと無理でしょう、(^^;

あとは入ってきた支援物資を仕分けたりなど。この日は「水」が入ってきました。在庫はまだ結構あるし、塩分が多くて飲めなかった水道水も8月から飲めるようになったので微妙だったのですが、しばらく入荷見込みがなさそうなので、それなりの量を受け入れ。
この日に入ってきた水は日本産のものでしたが、在庫の「水」は外国産のものが多かったです。それも韓国やカナダはともかく、ロシア、マレーシア、UAEなどあまり水のイメージのないところも。
おそらく、最初の物資不足の時期には外国産の水でもよかったのでしょうけど、だんだん落ち着いてきて、日本の水も入ってくるようになると、日本の水を指定する人が増えてきたようです。なんとなく気持ちはわかるけど。(^^;
ちなみにカナダ在住の人の話だと、ここにあったカナダ産の水は現地ではかなり高価で売られているそうな。昼に頂いて飲んでみましたが普通に美味しく、違いはわかりませんでした。(^^;

0104

慣れてきて余裕が出てきたのが表情に表れています。(笑)

結構、待ち時間が多く、手持ちぶさた気味。室内にいるよりもボランティアの三人で雑談しながら外で待っていることが多かったです。
で、Aさん。話しやすいキャラなのでいろいろ話していたのですが、この方は災害ボランティアの経験が豊富のようで、以前にも新潟中越地震の時にもボランティア活動しているし、今回の震災でも南三陸へ来る1ヶ月前にも遠野から陸前高田や大槌でボランティア活動していたとのこと。その遠野のボランティアの隊長の話が面白かった(と言っても覚えているのは、「A:当たり前のことを B:ボーッとせずに C:ちゃんとやる」ってとこだけですが…)

また、外で待っているので、物資を受け取りに来た被災者の方たちとも「こんにちは~」の挨拶からあれこれ話をする機会も多かったです。
印象深いのは赤ちゃん連れのお母さん。「いくつですか?」と聞けば5ヶ月とのこと。なんと震災の数日後に生まれたそうな。出産のために離れた病院にいたので大丈夫だったそう。丈夫に育ってほしいものです。
また、被災者にはいろんな人がいるわけで、、、受け取りに来た人の名前や人数を見て、あれこれ不公平感を言う方とか、他にも外国人女性も来て、国民性の違いを少し感じてみたりとか。。。

また、ここは中学校なのでグランドがあり子供たちが遊んでいます。いや、クラブ活動なのかもしれませんし、夏休みが短くなって体育の授業なのかもしれませんが、、、とりあえずみんな元気いっぱいに動いています。震災のショックは子供たちにも少なからずあるのでしょうけれど、子供たちが元気なのは見ていて嬉しいです。

お昼には、支援物資のパンと牛乳をお裾分け。こういう厚意は素直に受ける方がいいと思うので、ありがたくいただきました。(もともと用意していたパンや飲み物もあったのですが)

 

0102

0103

室内はこんな感じで支援物資の箱が並べられています。一応は種類ごとに整理されているものの、どこになにがあるのか慣れないとわかりづらいです。σ(^^)のカミサンとかなら使いやすく整理しそうだなあ、と思ったりもします。
お盆明け頃にはここを閉鎖する予定らしく、午後の空き時間にはあれこれ整理を始めます。不要なものは他へ送ったり、返したり、処分したりするものも。。。
必要な物資が必要な箇所へ行き渡っていないという印象もありますが、使い古しの物など微妙なものも多いんですよね。必要なタイミングに必要な量だけあればいいのですが、それほど必要でないタイミングで多量にあると。。。
送ってくるほうの好意はわかるものの、結局活用されずに処分されるようだと、、、難しいものです。

ここでの活動は、午後3時まで。
時間が来て、3人は挨拶してボランティアセンターへ引き上げます。
ボラセンでは、活動報告(と言っても一行だけですが)を記入しておしまい。

 

緊張が解けると、睡眠不足が。。。
ボランティア向けのテントサイトはかなり混んでいて落ち着かなそうですし、駐車場も結構混んでいて車中泊も落ち着かなそう。なので、今朝ひと休みした道の駅で車中泊することにしました。
あとは風呂。ベイサイドアリーナの中と脇にシャワー設備があり無料で使えるとのことでしたが、夜間走行明けでもありちゃんとお風呂に入りたい気分。
町内にある観光ホテル「 ホテル観洋」で日帰り入浴できるとの情報もあったのでTELで問い合わせ。800円で利用できるとのこと。少々高いが本来はもっと高いらしい。(^^;
(いまは温泉が復旧していないので安いらしい)

行ってみると立派なホテルである。
ただ、駐車場が狭いのと、ボランティアの宿泊も受け付けてるようで、国道まで駐車車両があふれている感じでもある。

0105

0106_2

館内も広く、浴室も2カ所ある。
片方は内湯のみだが、海を望む窓が大きく展望が良い。

0107

もう片方には露天風呂もあり、海を見下ろすことができる。だが、目の前の木の枝に漁業の網のようなものが引っ掛かっているのが見えた。その高さまで津波がきたってことなんだろうなあ。

館内の各所から海を望むことができる。ふだんは静かできれいな海である。
向こうに見えるのは志津川の街。遠目にはどおってことないように見えるのだが。。。

0108

道の駅へ移動する。
風呂も入ったし、猛烈な睡魔におそわれる。ちょうど食堂も営業していたので盛り蕎麦で夕食。
車の2列目を倒し、2~3列目に一人分のフラットスペースを作って横になる。けっして寝やすい環境ではないが爆睡モードだった。

こうして1日目が終わる。

                              (つづく)

|

« 【南三陸ボランティア/2011年8月】いざ出発 | トップページ | 【南三陸ボランティア/2011年8月】2日目~3日目-津龍院 »

被災地復興支援」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22985/52544053

この記事へのトラックバック一覧です: 【南三陸ボランティア/2011年8月】1日目-歌津中学校:

« 【南三陸ボランティア/2011年8月】いざ出発 | トップページ | 【南三陸ボランティア/2011年8月】2日目~3日目-津龍院 »