厄年なんだなぁ
昭和42年生まれの人は今年は数え年で42歳。男性の場合は本厄である。
この年齢くらいになると、人生の過渡期を迎えるので、いろいろな面で不安定な部分が出てくるんだろうなぁ。
今までは、厄年とか厄除けとか、まったくと言ってよいほど気にしちゃいなかったのだが、ここまでを振り返ってみて、白内障になって手術してたりすることを思うと、やはり厄年だったんだなぁ、という感じもする。
今年1年は本厄だし、来年の後厄である。あまり厄除けしようとは思わないが、健康管理などに気を遣っていきたい。
一昨日、高校時代に同学年で同じ部活だったO君の突然の訃報が入った。
彼も(何月生まれか知らないが)厄年だったはず。自分のような一時的な病ではなく、命を落としてしまったのが残念である。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
そのようなわけで、O君の通夜に参列してきた。
親族の方たちとあまり話したりすることもできなかったので、詳しい状況などはわからずじまいだったのだが、家業を継いだO君が仕事場で何かの機械を扱っている時に何らかの事故に遭われたようである。(不確かな情報です)
家業を継いだことで忙しくなり責任も重くなり、かなり疲れてる様子だった、というような話も耳にしました。(これも不確かな情報です)
自分とO君とは同学年で同じ部活だったのだが、実のところ、それほど親しい友人だったわけでもなかったりします。高校時代は部活以外でのつきあいはほぼなかったと思うし、卒業後はOB会などで年に1回会うか会わないか、というような関係。同じように年に1回会うか会わないかの関係でも、K氏や1年上のI氏やN氏あたりだと、かなり親密な関係だと思うのだが、今回はちょっと微妙な関係かもしれない。
むしろ、同じOB仲間でも、数年上のO氏やT氏、数年下のY氏やS氏などは度々、将棋や麻雀をする間柄だったようで、かなりショックを受けているようだった。
高校時代の友人などは、卒業して20年以上も経っているので、ほとんど連絡がつかないのが世の常かもしれない。
そんな中、うちの部はほぼ毎年OB会をやっていたこともあって、今回、突然の訃報ながら多くの人たちに連絡がついたのは不幸中の幸いだったかもしれない。
また、某SNSを通じて同じクラスだった人へも伝えることができた。こちらは、ネットの力を侮るべからずである。
とは言え、それができたのもOB会幹事の中枢の人の所へ訃報の第一報が入ったからこそである。
仮に自分に「もしも」のことがあった時、とりあえず誰と誰に伝えればよいか、わかるようにしておいた方がいいのかもしれないなあ。
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コメント
お疲れ様です。
こんなに若くしてと思うと、つくづく残念です。
投稿: kane_katu | 2008年9月 4日 (木) 09時36分
厄年は、今の世の中でこそ変調をきたす時期なんだろうけど、昔だったら、、、そのくらいが平均寿命だったんだろうからねぇ~。
人間の体のつくりってそのくらいまでしか健康ではないってことなのかな?って思います。
私は厄払いしますよ。一番弱い家族に災いがっていうのを信じているので。。。
我が家は、旦那が一身に背負っています。自分の時も、私の時も。。
感謝感謝(^^;)。
投稿: えと | 2008年9月 4日 (木) 10時37分